目覚めない彼女

世界を救った彼


探し物は、見つからない。


彼女との10年を取り戻すのです

貴女は、居なくなっていい人じゃない

目覚めさせて見せます


彼はきっと生きている

ただ、どこかで寝ているだけだ

起こさないと、いけませんよね



自らの罪ではないのに

罪悪感を抱えながら

何年も苦しみ続けた彼らに、救いを

悪夢ではなく、明るい目覚めを



おらんなったら、あかんやろ…





 瓦礫の下、治療用ポッドの中に〈彼女の加護か〉





その二本足で歩く猫―正確には無生物―がその隙間に入ったのは偶然だった。

何度もだまされた、ただの勘。

むしろ、自分の個人的希望、いや、…願望で動いていた。

隙間を見つけては、潜り込み、探索の結果、失望する。

探し、落ち込み、ため息を吐き、足を再び動かす。

そんなことを繰り返しながら、自分の勘を信じてひたすら探し続けた。

もう少し先に、次こそは…そう何度も自分に言い聞かせて。

今度こそ予感が本物であれ、と。


狭い隙間を通り抜けると、広い空間があった。

まるで豪華な屋敷の広間のような、天井と壁を遠くに望むことの出来る、空間。

天井も壁も落ちた飛空艇の残骸だった。

いくつも、数え切れないほど見てきた。

薄暗い影となっている隙間から奥へと入る。

このような入り口の狭いところに進入し、何かを探すときにこそ、この体は役に立つ。


スパイ、潜入、探索。


自由の利かない自分のやりたいことをするための、分身。

入ってきた隙間付近は薄暗かったが、中心部の方はなぜか明るい。

目を細め、天を仰げば、屋根となっている部分の隙間から青い空が見える。

そこから降り注ぐ陽光を受けているのは―


治療用のポッド。


周囲には機械はなく、ただ生物の入る部分だけが地面から斜めに突き立っていた。

あれでは生命維持の役割を果たせない、中の人物の生存は絶望的だ。

焦点を合わせてしまいそうになり、凝視することを避けるため目線を下にずらした。中身を確認するのが怖い。

それでも近づく。

そうしなければいけない。

生存であろうと、…死亡であろうと、自分には確認する責任がある。

これが自分の探し物なのかどうかを。


これに入っているのがもし彼女なら…


わかっていること、唯一の身内に伝えなくてはいけない。


激しい戦いがあったのだ、死者の数は何千という数。

全ての死者に対して悼みを―


いつも自分に言い聞かせてきた。

ライフストリームに還るだけなのだ、

あの娘がそうであったように。



それでも、

彼女には生きていて欲しかった。


彼女はこれから、妹と、失った十年間を共に歩むのだ、と思った。



それはただの個人的感情に過ぎない。

他の死者をないがしろにしている。

自嘲気味な笑みを顔に貼り付けている間、足は止まっていた。

二本足の猫は思考から離れるために首を振ると、円筒形のそれに近づくため、一歩を踏み出した。

そこでようやく、足元が液体で満たされていることに気がついた。

ポッドに注意を引かれていた為、気がつかなかったが、

落下時の衝撃によってか、飛空挺の爆発のせいか、

ポッドをほぼ中心に据えるように数メートル、いや十数メートル四方に渡って穴が穿たれ、

雨でも降ったのか、その中は液体で満たされていた。



あの戦いから後、雨など降っていないはずなのに…



だが地下水なり、湖なり、水源が近くにあるのかもしれない、どうでもいい疑問だ。

液体は澄んでいた。

中に沈んでいるものがはっきりとわかるほどに。

かつて建物であった瓦礫、

おそらく飛空艇の欠片など。

沈んでいるものの見た目から、底までの深さの予想をする。

自らの小さな身体でも歩いていける程だろうと判断し、

足を液体に浸し、沈んでいる物で自らを傷つけないように慎重に歩く。


薄暗いはずの半ば閉じられた空間内が 明るく感じると思ったら、この液体の表面で光の乱反射が起きていたからだった。

空調も無く、空気の流れなどほとんどない空間のはずなのに、細波を表面にたたえている。


足を濡らす液体には見覚えがあるような気がして、手ですくってみる。

澄んだ、内から輝くような―

まるで、あの教会に満たされていた―

猫の口元に再び笑みが浮かんだ。

何処まであの娘に頼るつもりか。

星の怒り、世界の破滅、星の危機、異物の侵入

人間にどうにもならない事態をまた救ってくれると?

甘えだ。

足元に満たされた水は、奇跡の水などではない。


猫は濡れて重い足を引きずるように、水の中を歩いていく。

破片をなるべく踏まないように、そのことに集中する。

わざと踏んだ足元の破片が、靴越しに足を傷つけている気がした。

濡れて重い足を引きずるように前へ進んでいく。

予想以上に中心部は深く、気がつけば、頭だけが出た状態で泳ぐように進んでいた。

今まで目を凝らそうとしなかったが、目の前までたどり着いて、ようやく見上げる。

ポッドを間近で見ると中身ははっきりした。


望んでいたはずの、探し物の一つ。


目を閉じ、

天井から零れ落ちる光にさらされている彼女はきれいな顔をしていた。

ポッドも彼女も、 とても上空から落下した衝撃を受けたようには見えない。

この液体が衝撃を吸収したのか。

だが、それにしてはここは浅過ぎる。

彼女の顔がやけに綺麗に見えるな、と呑気な感動を覚えた。

ポッドが顔の前で割れているから、よりはっきりと彼女の顔が見えるのだ。

それなのにどうして綺麗な顔をしているのか。

首を傾げ、ややあって首を振り、考えることをやめた。

短い腕でポッドを抱えるようによじ登り。

「本当にきれいな、顔してますな…」

割れたポッドの透明部分で自分を傷つけないように、彼女の顔を覗き込む。

血色のよい肌、穏やかな表情、まるで安らかに寝ているようだった。 そんな機能を備えていないことは分かっているのに、何故か自分の目元をぬぐう。


「シャルア…さん…」

彼女に向かってゆっくりと手を伸ばす。

腕の長さが足りないため、彼女に触れることはできない。



私の腕がもう少し長ければ、貴女を救うことが出来ましたか?



誰にも届かない呟きは、心の中で浮かんですぐに消えた。

「もう少し…」

バランスを崩さないように、慎重に手を伸ばす。

あと少し、もう少しで彼女の頬に手が届く。



「…ケット…シー?」

触れた、と思った瞬間、猫は文字通り飛び上がった。

彼女の右目が開き、微かに開いた口から彼の名を呼んだから。

猫は意味不明な叫びを上げ、のけぞり、水面に頭から落ち、液体に沈む。

沈んだところには泡がのぼり。

飛び上がり、ポッドにすがりついた。

彼女はそんな猫を見て微かに笑みを浮かべた。

「シャルア!?」

再び登り、彼女と向き合う。

間近で見る彼女の目は、少し焦点が合っていないような気がした。

「目、覚めたんですな」

「ああ…そういえば…」

まだ覚醒しきってないのか、茫洋とした表情で彼女は彼を見つめた。

笑顔がかすむのが自覚できた。

「シェルクさんも喜びますわ」

彼女の妹の名を出せば、彼女の目は大きく見開いた。

「シェルクは無事…なのか…?」

「はい、僕の知り合い―信頼できる仲間のところにおります」

仮初の身体にその心配は要らないのに、鼻声になってしまう気がして、少し早口で説明する。

「よかった…」

彼女はその言葉に、満足したように笑みを浮かべる

「少し…眠らせてくれ…」

「ゆっくり眠ってください、次に目覚めたときには違う場所です」

その言葉を聞いてか聞いていないのか、彼女が目を閉じる。

ケット・シーは彼女を凝視する。

胸が呼吸するたびに上下し、穏やかな寝息がかすかに聞こえるのを確認して、ほっと息を吐く。

「さて、と…」




探し物が一つ見つかった。

肩の荷がほんの少しだけ軽くなった。



生きている、それだけでも僥倖といっていいのに、目覚めていた。

間違いなく、彼女の妹も喜ぶ。

死亡報告でなく、生存報告ができることに感謝を。

彼女の命と引き換えに生きる、なんて生き方をさせずに済んだ。



改めて、もう一つの失せ物を探さなくてはいけない。



彼は何処に居るんやろな…



探し物は、まだあるけれど。



でも、きっと見つかる。



私たちには、あの彼女がついているから











ありがとう…

































ヴィンセントお迎え話はよくあるから、こっちを。

生きてる説は、公式ガイドより。



あれの正式名称ってなんですかね?魔こうポッド?