「私は、力に寄り添い、それに頼ることしか出来ないんですよ、…昔からね」
眉間に皺を寄せたまま笑う彼を見て、シェルクは淡々と言った。
「…手段は同じでも、目的が違います」
彼女の言葉に、彼が驚いたように目を見開いた。
その顔に、言った彼女の方がうろたえる。
「…すいません、余計なことを」
「いえ…ありがとうございます」
目を細め、、シェルクに対して正面から見つめる。
「…DGソルジャーに対して、私には責任があることは理解していただけましたね?」
「リーブ・トゥエスティ…」
「ですが、私たちを救ったとしてもその後どうするつもりですか?私たちは戦うことしか知らないのですよ?」
リーブは見る人を安心させるであろう、穏やかな笑顔を浮かべた。
「そうですね…星に害なすものと戦っていただきましょうか、共に」
「WROに…?」
「あなたにもぜひご協力をお願いしたいですね。
DGソルジャーの嚆矢として、これからのあなたに期待しています。
ですから、安心して治って下さいね」
言い終わらぬうちに、ごん、とリーブの後頭部で音がした。
「わっ」
リーブがバランスを失い、椅子から転げ落ちる。
「!」
「シャルア…」
「局長…」
柳眉を吊り上げたシャルアがリーブを睨んでいる。
「シェルクに何を期待するって?」
彼女は彼を睨むと、シェルクに向き直り、穏やかな声を出す。
「いやなら、断れよ?」
「いいえ、あの、それより…」
シェルクの目線は倒れたリーブから離す事ができなかった。
(今、左腕で殴ってましたよね…)
「嚆矢だなんて…被検体じゃあるまいし」
「いいじゃないですか」
彼は大げさなリアクションをとった割りにあっさりと上体を起こし、不満げに唇を尖らせた。
「何だと?」
「どうせ治るんでしょう?」
「当たり前だ、三日で治してみせる」
(それはどうかと…)
鼻息も荒く宣言する姉に心の中で呟くが、口には出さない。
彼女は多分本気だから。
「あ〜まあそういう事だから、いいんだ」
姉は胸を張り、腰に手を当てる。
「まあそもそも悪いのは神羅だし」
「私を指差すのはやめてくれませんか」
彼女の親指が示す先にいたリーブ―ようやく起き上がり、頭を撫でていた―が大袈裟に眉をしかめ、肩をすくめる。
「自業自得だ」
シャルアが快活に笑った。
シェルクも二人のやりとりに口を僅かに綻ばせる。
どこか子供っぽいやり取りは、二人の信頼の証でもある。
こういう関係をなんと言ったか
ネット内で見たことがある、あれは…
「シェルクをWROに誘うなんて」
「それは良いですね」
リーブが今気づいた、と言わんばかりに手を打つ。
だが、シャルアの渋面を見て首を傾げる。
「いけませんか?」
「若い娘を何だと思ってるんだ」
「知性にあふれる有能な方を誘いたいと思うのは当然でしょう」
「こんな組織に…トップがろくでもないぞ?」
「そうかもしれません…ってあなたも一員でしょうに」
「ふん、知ってるよ」
彼女はニヤリと笑う。
「確か…ボケとツッコミ」
「シェルク…」
「シェルクさん…」
二人が口と動きを止める。
『私の周りにいる連中はお人良しばかりだ』
彼の言葉が耳に蘇る。
心地よく、温かい人びとに囲まれてみて、彼の言葉が胸に染み入る
ここは地下にいた時とは比べようもない眩しい世界
姉が目覚めた状態で見つかり、自分の治療が正式に始まるという事でここ、WRO仮設本部に迎えられた。
魔晄中毒の治療という事で医療施設―と言っても簡素なそこは単なる収容施設だった―にはいたが、
ただ魔晄につかるだけで治療とは言えない処理しかされなかった
投与された薬物は症状を軽減させたが、改善はさせなかった。
でも、そこでの自分への対応はとても温かいものだった。
DGとは違う、何もかもが
目を閉じ、治療液に身を委ねるシェルクを見て、二人は目線を交わした。
ディスプレイの数値を確認し、彼女がリラックスした状態であることを確認する。
そっと頷き合うと、リーブは立ち上がり裾を払う。
「では私は失礼します」
リーブが二人に向かって口を開く。
「シェルクさん」
「…はい」
シェルクが目を開き、彼に焦点を合わせる。
「魔晄中毒の治療に最善なものを知ってますか?」
「?」
「愛情と、信頼です」
「…理想ですか」
「いえ、実例に基づく特効薬ですよ」
彼は翳り無い笑顔で言った。
「ですから、あなたは治りますよ―間違いなく」
「ボクの占いは当たるんや」
そのおどけた口調にもう一度シャルアが笑った。
「と、大事な事を伝えてなかった。」
シェルクが目を見開く。
「成り行きも人生にとって大事な要因ですよ。
あなたの行動は、仲間になるには充分な理由です。
では」
「また後で」
こちらはシャルアに告げ、出口に向かう。
「ああ」
姉と手を振り合い、立ち去る背中を見送る。
シェルクは姉がわずかに笑っているのを目の端でとらえた。
規則正しい音が箱から微かに聞こえて、治療の続きが始まる。
「あの人はー」
「馬鹿な人、だろ?」
目を細め、彼の出て行った出口に目線を流し、シャルアは独り言のように言った。
「たくさん抱え込んで、自分が一番損してるのにまだ抱えようとする」
「…馬鹿な人だ」
姉は彼女の身体の変化を表すであろうディスプレイに向かい、椅子に座ると、彼女に背を向けたまま口を開いた。
「…な、ヴィンセントに元気な姿を見せてやろう」
「彼は…」
シェルクが口ごもる。
オメガに向かって飛び込んで行った彼
対存在、カオスとして
この世界を、人々を守るために戦い、そして…
「生きているさ、きっと」
姉は椅子に座ったままくるり、と向きを変えて笑顔を作る。
「私が生きてたんだ」
右手を自分の胸元に当てる。
「少なくとも、局長やユフィや艇長や―彼の仲間達は生存を信じてる」
「だから今も探している」
「ケット・シーも捜索中らしい」
リーブ・トゥエスティの分身たる猫のぬいぐるみ。
彼は何人分働いているのだろう。
どれだけのものをその身に背負っているのだろう。
生きることは、彼にとってどんな意味を持っているのか。
そして、未だ見つからぬ彼にとっては―
「シェルク、あんたも、信じてるだろ?」
生存を信じる、というより生きていて欲しいと、何度も願った
私は―
彼の事を考えると、夜は不安で押し潰されそうだった
姉の事、地下での出来事、あの戦い
全てが夢の中であったように
はかない思い出が自分の中で何度も蘇る度
胸が苦しかった
目覚める度、彼が発見されることを願い
昼は彼女の記憶と自分の記憶を反芻し
一日中彼の事を考えていた
これほどまで自分のことを考えていた姉に申し訳ないほどに
だけど―
心の中で否定と肯定を何度も繰り返したが、姉に向かっての返答は希望だった。
「そうですね、きっと」
「ああ」
彼女は目を閉じ、自分が最も信頼する者にその身を委ねる。
とても無愛想で優しいお人好し
貴方に、会いたい
シェルク→ヴィンセントはほぼ確定。
シェルクは治療後セブンスヘブンにお世話になる。
シェルクに対してひいき過ぎね?とか、
DGソルジャーってまだ生きてるよね?とか
諸々を自分で補完。無駄に長い。
リーブさんは事実を述べているけど、それが全てとは限らない。