閉じていた瞼をゆっくりと開けば、自分の周りに満たされた、緑に淡く光る治療液が視界を覆う。
透かして見れば、透明な壁が液体を逃さない為に周りに張り巡らされ立っている。
その外に、焦点を合わせれば随分離れて見える壁、天井、床、全てが青を基調とする寒冷系
装飾品も置いてない、無愛想で殺風景な、壁には窓も無い無機質な部屋
室内には円筒形の治療器が幾つか並ぶ。
その傍らには灰色の箱
その中には制御用端末が収納されていて、静かに、だが断続的に作動音をさせている。
一つの治療用カプセルの前には女性が立っていた。
中には少女がいる。
開けた瞳で、治療器の外、目の前にいる女性をじっと見ていた。
彼女は露出の多い服装の上に白衣を羽織り、胸元の認識票によって自分が科学者であることを主張していた。
「具合は、どうだ」
女性が中の少女に問う
「問題ありません」
少女の回答は簡潔だった
女性―少女の姉・シャルアは、口を開きかけ少女に対しまだ何か言おうとしたが、結局何も言わず口を閉じた。
傍らの制御用コンピュータディスプレイを見つめ、刻一刻と変化する数値を確認する。
心拍数、血圧―
魔晄濃度―
事細かに記され変動する数値を細かく確かめ、満足そうに頷く。
問われたことに対し返事をした後、しばしためらっていたが、遠慮がちに少女―シェルクは問う。
「お姉…ちゃんはいいの…ですか?」
前半のそれは口にするには未だぎこちなく、それでも口にしたくてたまらない単語。
後半は疑問に思っていたが聞けなかったこと。
両者が相まって、彼女には少々の努力を要した質問だったが、それは全くの杞憂だった。
「何がだ?」
目の前にいるシャルアがシェルクの問いに首を傾げる。
「私にばかりかまけて」
姉はWRO正規職員であり、科学者として所属している。
復帰早々、他にも仕事があるのではないか、と彼女は懸念した。
「言ってなかったか?」
彼女は笑顔を作り、妹に穏やかに語る。
「今はシェルクの治療が私の仕事だ」
「だから、安心して治って下さいね」
彼女の言葉を継ぎ、部屋に入って来たのは髭を綺麗に整えた壮年の男性。
「リーブ・トゥエスティ…」
彼はWRO、姉の属する組織の長である。
高圧的ではないがどこか逆らいがたい貫禄を備え、とらえどころの無い不思議な雰囲気を漂わせる。
「どうです?」
「問題ない」
自分について話す二人の会話をどこか遠くに聞きながら、シェルクは一人想念の中にいた。
電子音がシャルアの携帯から、彼女に呼び出しを告げる。
「ああ私だ」
二言三言電話の向こうの相手とやり取りを交わし、携帯電話を閉じる
「薬が来た、取りに行ってくる」
二人に告げ、
「局長、少し頼むな」
その言葉にはリーブのみが頷く。
シャルアが急ぎ足で出て行くのを、二人は黙って見送った。
沈黙、静寂。
シェルクは意を決して口を開く。
「リーブ・トゥエスティ」
「はい」
「質問があります」
「…どうぞ」
「WROは敵と戦う組織、なのでしょう」
「星に害を為すモノと、ですよ」
彼はやんわりと訂正する。
「ディープグラウンドソルジャーはまさに害為すモノでしょう」
リーブが目を細めた。
「どうして私を処分しないのですか」
「あなたはあなたのお姉さんの気持ちを―」
「個人の感情です」
「ヴィンセントを助けてくれたでしょう?」
「…ただの成り行きです」
「ですが…」
「どちらも個人的感情に基づく、ほぼ根拠の無い説得に過ぎません」
右手を軽く上げて彼の言葉を制する。
「あなたは、本当に感情だけで動いていい人間ですか?」
「……」
「私がどれほどの数の人間の死に関わったか」
事実は事実だ
成り行きで今このような状態だが、彼女は―シェルクは、紛れも無くDGソルジャーだった。
ここWROと敵対していた組織、DGのエリートソルジャー、ツヴィエート。
「知っています、ですが…」
「組織の長が、敵の処理を感情論で済ませているのですか?」
非難する響きの言葉が口を吐いて出た。
「例え肉親であろうとも、個人的感情論が正論を駆逐すべきではありません」
「…つまり、あなたを処分すべきだと?」
「そうです」
ふう、と彼がため息を吐いた。
「せっかく生きているのですから、もっと生きてみたいと思いませんか?」
「私の治療に費用や時間や人材を消費するのは無駄なことだと思いませんか?」
「あなたは治りますよ、だからこれは無駄な消費ではない」
その言になおもいいつのる。
「しかし、私は―DGソルジャー…しかもツヴィエートだった…」
リーブは黙って聞いている。
「何百、何千という人間ががわたしのせいで死んだのです」
目を閉じる彼の、眉間の皺が深くなった。
「私一人生き永らえることが―」
「ちょっと待って下さい」
その言葉は全てを口に出す前に、
目と口を開き、右手を軽く上げた彼の言葉が遮った
「DGソルジャーは全て処分、殺されたと思っていたのですか?」
「…?違うのですか?」
「まだまだたくさん生きていますよ」
「何故?敗れた敵は処分するべきでしょう?」
彼が首を振る。
「それはDGの考え方です。…もうDGはないのです。WROは人殺しのための組織ではありません」
「ですが、わたしは―」
「もう止めてください」
「生きる権利は誰にでもある」
「人を大量に殺めた私に、生きる権利があると?」
なおも言い募り、見つめる彼女の視線にため息をつき、彼は目線を落とした
「DGソルジャーも被害者、です」
ぽつりと呟いた。
「地下深くに閉じ込められ…戦うために生かされ…生きるために他者を殺める」
「…そして加害者は…神羅」
神羅元幹部、リーブ・トゥエスティ
DGで入手した情報では、彼は敵対組織の長、だったはずだ。
リーブは続ける。
「だからDGソルジャーには…」
彼女が言葉を継ぐ。
「生きる権利がある、と…?」
「ええ」
彼は深く頷く。
「だからこそあなたを治療する必要があります」
彼は椅子に座り左右の手の指を組む。
「あなたは魔晄中毒の貴重な症例です」
傍らで常に画面を変化させるコンピュータのディスプレイをちらりと見て、リーブがなおも続ける。
「貴方の治療結果はDGソルジャーの治療に生かします。
薬物投与と他項目による生体反応、肉体の変化データ」
「あなたの肉体、精神にこれから起きる全ての結果が、他のDGソルジャーのこの先を決めます」
「……」
「これからも、生きてみませんか?」
彼が彼女を見上げる。
「もしかしたら生きることは死ぬより辛いかもしれない」
「それでも生きて、それから星に還る…そんな選択肢を選んで欲しいのです」
「どうしてそんなことを考えられるんですか?」
「DGソルジャーの治療なんて」
シェルクがまくしたてる。
「全てのものを救う、そんな力が―」
あるのか、そう問おうとして口をつぐんだ。
彼は目を閉じて、組んだ手を額に当て、俯いていた。
「そう、結局力が全てです…」
横に目線を逸らす。
「ヴィンセントに全てを押し付け、計画不備で無駄な犠牲を…」
上を仰ぐ。
「リーブ・トゥエスティ、あなたは…」
彼は彼女に再び顔を向ける。
組んだ手を顎に当て、目線は彼女に向け、だが彼女ではない何処かを見ていた。
「私には、決断力がないんです」
「欲張りで、躊躇ううちに大事なものほど失ってしまう」
WROがDGの後手に回ったのは―もしかして―
「まさか…あなたは…」
「最初から本気で全てを救うつもりでいたのですか?」
リーブがシェルクを見つめる。
否定も肯定もせずに。
大規模な飛空艇団と大量の兵力の温存
切札とも言うべき「英雄」達の遅すぎる投入―ヴィンセント・ヴァレンタインは除いて―
全ては方法の模索に因る遅延であった…
力で抑え付ける、全面的な衝突は最後の手段だった、と?
双方の犠牲を抑えようとしていた…
…ばかげています
DGソルジャーを救う、なんて事を本気で考えるなんて
DGに対して憎しみや恐れでない感情を抱くなんて
「どうして…」
手を下ろしたリーブが笑顔を作った。それは、どこか痛みを堪えているように見えた。
「手を拱き、全面衝突を避けた結果が本部壊滅です」
「愚かしいとしか言いようが無い」
「笑うのですね」
「愚か者を笑っているのです」
「私のせいで沢山の者が早すぎる死を迎え、星に還った」
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